我無ちゃんねる 〜ニュースなび〜

「被害者は馨だけじゃない」――。伊調によるパワハラ告白が本誌に掲載されると、取材班の元には栄氏の教え子から「＃MeToo」の訴えが続々届いた。その中身は常軌を逸した暴力と、男女関係を迫る陰湿なセクハラだった。これでも協会は栄氏をかばい続けるのか。


「私が現役だった頃は殴る、蹴るは当たり前。練習中はソファにどっかり座って缶ビールを片手に指導していました。教え子に手を出したという噂も絶えず、やっていることがとにかく汚かった。監督に対しては不信感しかありません。今後、私の人生で、あんな人間に出会うことはないと思います」

日本レスリング協会の栄和人強化本部長（57）から受けたパワハラ被害を本誌に明かすのはA子さん。全国大会で優勝経験もある中京女子大学（現・至学館大学）の元選手だ。
　五輪四連覇中の伊調馨（33）が告白した栄氏のパワハラ問題。ここにきて新たな展開を見せ始めている。
　伊調と栄氏、双方の言い分が食い違いを見せる中、三月八日、協会は記者会見を開いた。第三者委員会を設置し、調査に乗り出すと発表したのだ。
「協会とは利害関係がないとされるヤメ検を含む三人の弁護士を選任したことが発表されました。協会は人選に胸を張るが、これまでの対応を見るにつけ、本当に公平・公正な調査が行われるのかどうか疑問です」（運動部記者）
三月一日、本誌が伊調のパワハラ告白記事を掲載すると、協会は一切調査せず、「事実ではございません」という見解を発表。これまで一貫して“加害者”側の立場に立ってきた。
　八日の会見でも馳浩副会長が次のように語っている。
「『パワハラ？　そんなことがあったの？』と思いました。会長や専務理事、栄本部長を含め多くの理事は『この時期になぜこの話題が出てくるのかな』と戸惑いがあったと思う」
　福田富昭会長も告発内容について、こう言い放った。
「当たっているところが一つもない」

　当の栄氏は三月一日に囲み取材でパワハラを否定して以来、体調不良を理由に雲隠れを続ける。伊調の母校でもある至学館大学は以下の談話を発表した。
〈身に覚えの無い報道に加え、周囲に多大な迷惑がかかっていることから監督は衝撃を受け心身が衰弱し、日常生活を送ることも困難になっています。そのため、今は安静療養が必要です〉
さらに、谷岡郁子学長もコメントを発表し、栄氏を徹底擁護している。
〈私の知る栄監督とは、語気が荒いことがあっても、選手想いでパワーハラスメントなど考えられない人物でもありますし、至学館レスリング関係者やそれ以外の人々に陰湿な働きを行うことはないと信じています〉
　こうした状況について、伊調は親しい知人にこう漏らしている。
「協会の第三者委員会の聞き取りに応じるつもりはありません。今後、内閣府の調査で事実が明らかになっていくと思います」
　告発状を受理した内閣府公益認定等委員会は、協会の第三者委員会に先立ち、被害者側への聞き取り調査を行っている。
　三月十二日には伊調のコーチを務める田南部力氏と告発状に名を連ねた日本体育大学レスリング部元監督の安達巧氏が聞き取り調査に応じたのだ。
　安達氏が語る。
「告発状に記した金銭問題など、協会の体質を改めて証言しました。最後には『伊調選手へのパワハラはまぎれもない事実です』とはっきりとお伝えしました。私への聞き取り調査だけでも二時間に及び、本気でパワハラ問題を解明しようとする姿勢が窺えました」
　伊調の姉の千春さんも内閣府の調査に期待を寄せる。
「これからの推移をきちんと見守っていきたいと思います。少し時間はかかるかも知れませんが、内閣府の調査によって、馨が文春さんに告白した数々のパワハラの実態が明らかになっていくと思います」
　だが実は、伊調らが告発したパワハラ被害は、栄氏によるハラスメントのごく一部に過ぎなかった――。
　本誌が三月一日発売号で第一報を報じた後、取材班の元には栄氏の教え子からの「＃MeToo」の声が続々寄せられた。今回、十名を超える至学館関係者がその被害を明かしたのだ。
　冒頭のA子さんは伊調や吉田沙保里と同じ頃に中京女子大に在学していたが、「パワハラは日常茶飯事でした」と証言する。
「栄監督は私たちが思い通りに動けないと、『死ね』、『レスリングができないようにしてやろうか』と怒鳴り散らす。選手の頑張ろうという気持ちを踏みにじり、人格を否定するんです」
　A子さんら選手が大会で結果を残すと、栄氏は態度を一変させるという。
「国際大会で入賞をした時のことです。栄監督は会見前に誰にも聞こえないような声で、『お前、オレのお陰で勝てたって言えよ』と囁いてきました。本当に器の小さい人で、一切信頼できませんでした」
　A子さんが受けたのは言葉の暴力だけではない。
「全日本選手権で負けてしまった時には、他の選手が見ている前でビンタや蹴りを入れられました。もちろん誰も止められません。大学時代の全日本合宿の前には、先の割れた竹刀で太ももの裏を何度も何度も叩かれました。二十センチくらいのミミズ腫れとなり、お腹や鼻にも切り傷ができました。他の子から『証拠を取っておいたほうがいいんじゃない？』と言われるほど酷い傷でしたが、周囲には『転んだだけ』と口を濁すしかありませんでした」
　栄氏の度重なるパワハラはA子さんの心にも大きな傷跡を残した。
「パニック障害のような症状が出るようになったのです。ある時期は栄監督から名前を呼ばれただけで蕁麻疹（じんましん）が出た。頭の中が、常に恐怖心でいっぱいの状態になるんです。電車に乗るのも息苦しかった。レスリングのホールドと同じように体が圧迫されるので、病院でのMRI検査を受けることができませんでした。誰かが手を挙げただけで、反射的に自分の身をかばうような動きをしてしまうこともありました。今でも一人でいると、たまに症状が出てしまいます」

「死ぬまで恨みますよ……」

「愛のムチ」とは到底呼べない選手への暴力は他にもあるという。
　二〇〇四年のアテネ五輪を控えた時期のことだった。中京女子大レスリング部は愛知県内で合宿を開いていた。夜になると宿舎の大広間で飲み会が開かれ、栄監督や部員、マスコミ関係者が和やかな雰囲気で杯を重ねていた。
　そこで事件は起きた。
「監督は（吉田）沙保里さんばかり可愛がっている。沙保里さんがいれば、それでいいんでしょ」
　全日本選手権で入賞経験のあるB子さんは酔いに任せて、栄氏に対する日頃の不満を漏らしてしまう。これが栄氏の逆鱗に触れた。栄氏はB子さんを人目に付かない場所に連れて行き、殴り始めたのだ。
　同席したレスリング部員が明かす。
「私は本当に怖くて、殴っている場面を直視できなかった。B子はトイレへ逃げたのですが、監督はさらに追いかけて殴ったのです」
　別の部員が続ける。
「私が止めに入って、どうにか部屋まで連れ帰ったのです。B子は泣きじゃくっていました。翌朝、B子の片目は“お岩さん”のように真っ青に腫れ上がっており、目頭からは血が流れ続けていました」
　B子さん本人は本誌にこう語った。
「当日の記憶が飛んでおり、まったく覚えていないんです。ただ殴られたのは事実です。自分が悪いと思って、翌朝、監督に謝りました」
　その場に居合わせたレスリング関係者が語る。
「当日、栄氏はレスリング部長に対し、『酔っ払ったB子が見過ごすことのできない発言をしたので殴りました』と報告していました」
　マスコミ関係者がいたにもかかわらず、この暴行事件はもみ消され、栄氏への処分もなかった。
　この後のアテネ五輪では、栄氏率いる女子代表が吉田と伊調の金メダルを含む四つのメダルを獲得。栄氏は名将として注目を集めるようになっていく。
「栄は大学時代からキレると手がつけられなくなることがあった」
　こう語るのは栄氏の大学時代の同級生の一人だ。奄美大島出身の栄氏は、鹿児島商工高校（現・樟南高校）を経てレスリングの名門、日体大に進学した。
「大学二年の春季リーグ戦の優勝祝賀会だったと思います。酒に酔った栄はお菓子のプリッツを口にくわえて、同級生のC君に『反対側から食べろ』と近づいていきました。C君が拒否すると、栄が突然、怒り出したんです」
　ここでも栄氏は常軌を逸した暴行を働いたというのだ。ビール瓶を叩きつけ、尖った先端部分をC氏の顔面に突き刺したのだ。目撃した別の同級生が語る。
「C君の鼻の辺りから、血が噴水のように吹き出していました。すぐ医者に連れて行かれ、六十針以上縫ったと聞いています。結局、C君は事件後ほどなくレスリング部を引退し、故郷の北海道へ帰ったそうです」
　現在も北海道に住むC氏を訪ねると、暴行を受けた事実を認めこう語った。
「左頬と鼻の上がギザギザに切れてしまったので、整形して縫い合わせました。事件後、街を歩くとみんな僕を避けるのが辛かった。就職にも苦労しました。顔に大きな傷があると、なかなか雇ってくれませんからね。いまでも笑おうとしても（皮膚が突っ張って）笑えないのです」
　C氏の母親は涙ぐみながらこう語る。
「こちらに帰ってきた時は、頬が三つ以上に分かれていました。近所の人から変な目で見られ、すごく苦労しました。死ぬまで恨みますよ、私は……」
　八八年にソウル五輪に出場した栄氏は「京樽」のレスリング部から選手兼監督として招かれ、指導者としての第一歩を踏み出す。だが、京樽時代の教え子は、「指導者としての資質は当時から疑問視されていました」と明かす。
「『監督の二メートル以内に近づくと子供ができる』と言われるほど女癖に難があることで知られていました。この頃、教え子の片岡絵美さん（仮名）と一度目の結婚をしています。九二年の世界選手権後にプロポーズ。『大会中に何があったんだ』と噂になりました」
　片岡氏との間には女児をもうけたが、栄氏が九六年に中京女子大学での指導を始めると、数年後に離婚。〇八年に十九歳年下で、中京女子大の教え子だった後藤優子氏（仮名）と再婚している。
　今回、栄氏は、伊調と田南部コーチとの練習についてこう語っていた。
「見てると、あんまり酷いようなベタベタしているところがありすぎた」、「和を乱さないように注意した」。
　だが、前出のA子さんは「一番、和を乱していたのは栄監督です」と断言する。
「在学中から、監督は後藤さんを特別可愛がっていました。彼女は『強くなるためなら監督に何でもする』と語っていた。私は何度か、『監督との距離が近すぎる。後輩も不審に思っているし、こんなことでは選手をまとめられない』と後藤さんに抗議しました。すると、決まって栄監督が出てきて怒鳴るんです。『優子に余計なこと言ってるな。お前、そんなことばっかりやってたら許さねえぞ！』と」
　指導者としての栄氏のモットーは「選手と恋愛すること」だという。実際、スポーツ紙のインタビューに次のように語っている。
〈恋愛なんて言うとふざけていると思われるけど、オレはまじめ。（略）好きな人のためなら、どんな犠牲も払える。全身全霊をかけて指導ができる。オレはみんな好き。恋愛をしていると思っている〉（「日刊スポーツ」一七年二月十五日）
　栄氏は講演などで、「二人の教え子に手を出しましたが、責任を取っています」など、選手との恋愛をジョークにしている。だが、栄氏が責任を取っていない教え子は何人も存在する。
「大学三年生のとき私が名古屋市内へ買い物に行こうとすると、監督から『奥さんへのプレゼントを買うので一緒に行こう』と誘われました」
　こう語るのは、現在は西日本の地方都市に住む元教え子のD子さんだ。
「監督の運転するマジェスタで向かったのですが、車内で突然、『オレの彼女になったらブランド品を買ってやる』と迫られたんです。奥さんへのプレゼントを買いに行く途中なのにと唖然としました」
　その後もD子さんへのセクハラは続いた。
「これも監督の運転する車内でのことです。『シフトレバーの上に手を置け』と言われ、その通りにすると、監督は自分の手を重ねてきた。さらに指の間を擦るように、前後へゆっくり動かしてきて本当に気持ちが悪かった。『どういうつもりですか！』と抗議すると、焦った様子で『おおッ！　いやいや』と。あのままエスカレートしていたかもしれないと思うとゾッとします」
　さらに別の教え子は「もっと酷い被害を受けた子はたくさんいます」として、こう明かした。
「後輩のE子は、『卒業したから言えるけど、監督に背後からキスを迫られたことがある』と話していました」
　E子さんに確認すると、当時の妻である片岡氏も住んでいた寮での出来事だという。
「監督は寮のエレベーターで『おい、チューしろよ』と迫ってきました。私は彼氏がいたので拒否しました。当時から『栄監督は選手に手を出す』という噂は根強くありました」
　肉体関係を迫られた教え子もいたという。
「F子さんという先輩は、監督から『オレと寝たら強くなる』と迫られ、本気で悩んでいました。実際にホテルまで連れて行かれたそうです。アスリートとして強くなりたいという思いを利用して肉体関係を迫るなんて指導者として最低でしょう」（前出・教え子）

　こうした常軌を逸したハラスメントの背景にあるのが栄氏のレスリング界における絶大な権力に他ならない。栄氏は、協会の強化本部長と、至学館の監督という二つの立場を巧みに使い分けているのだ。
　協会関係者が言う。
「栄さんは選手を至学館にスカウトする際、『（強化本部長の）俺が五輪代表を決めるんだから』と迫るのです。実際、栄さんは、可愛がっている登坂絵莉と同じ階級の選手について、『アイツが五輪に出るのは東京五輪の次だな。東京は登坂が内定しているから』などと協会関係者に吹聴する。これでは五輪出場を目指す選手は至学館に行かざるを得なくなってしまいます」
　栄氏は強化本部長として、女子だけではなく男子も含めた選手強化の最高責任者である。本来であれば至学館だけでなく日本のレスリング界全体を考える重責を担っている。
　こうした栄氏の言動について、自身も至学館出身である伊調は本誌にこう語っている。
「至学館じゃないところで練習している選手もたくさんいる。そういう子たちにも自分みたいな思いはさせたくありません。遠征でも至学館の子達ばっかり選ばれるというのが結構あったりとかするので。そういう体制は変えていきたいですよね。だから（試合で）勝つしかないというか……、栄監督に勝つには」
　そして、東京五輪に向けた苦しい胸の内をこう明かすのだった。
「自分が行く先、行く先、栄監督の目があるので、なかなか（難しい）。狭い世界なので、私がどこに練習に行ったというのはすぐわかるのでストップがかかることも……」

なぜ栄氏が重ねてきたハラスメントはこれまで明らかにならなかったのか。
　別の協会関係者が語る。
「いまの女子レスリング界は至学館を中心に回っており、六人の金メダリストを輩出した栄監督には誰も逆らえない。また警視庁レスリングクラブの監督で伊調を“出禁”にしたとされる土方政和常務理事は栄の高校の同級生で、高田裕司専務理事は大学の先輩という関係です。本来は福田会長が栄氏に注意する立場ですが、功労者である栄さんには何も言えないのでしょう」
　今回告発された数々のパワハラやセクハラについて栄氏はどう説明するのか。書面で至学館大学に事実確認を求めたが、回答はなかった。
　前出のA子さんが語る。
「まだまだ声を上げることができない教え子はたくさんいます。馨が勇気を持って訴えてくれたおかげで、私もやっと長年の思いを話すことができました」
　栄氏は自著『“最強”の結果を生み出す「負けない心」の作り方』で、次のように書いている。
〈厳しさとともに愛情も大事。わたしは、自分を頼ってきた選手や、一度でも関わったことのある選手は、自分の子どものように思っています〉
“自分の子ども”からの告発に、栄氏が真摯に耳を傾ける日は来るのだろうか。
http://ch.nicovideo.jp/shukanbunshun/blomaga/ar1448602

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